第2章
世界はもう、そこまで来ていた
悠真が受け取ったメールは、短い一文だけだった。
あなたの疑問に興味があります。
もし時間があれば、今週土曜日、東京国際未来技術フォーラムへお越しください。
招待状を添付します。
送り主は、
白石 誠
という人物だった。
肩書きは書かれていない。
研究所の名前もない。
悠真は首をかしげた。
「誰だ……?」
インターネットで検索してみる。
しかし、不思議なことに情報がほとんど出てこない。
論文が数本。
宇宙開発。
AI。
建設工学。
分野がばらばらだった。
「ずいぶん変わった研究者だな。」
悠真は半信半疑のまま、フォーラムへ向かうことにした。
東京国際未来技術フォーラム
土曜日。
東京ビッグサイト。
世界中から研究者や企業が集まる未来技術フォーラムが開催されていた。
入口には、自動運転車が静かに走り、
空には点検用ドローンが飛んでいる。
会場へ入ると、
人型ロボットが来場者を案内していた。
「こんにちは。
受付はこちらです。」
自然な笑顔。
滑らかな日本語。
数年前なら驚いていた光景が、
今では誰も足を止めない。
悠真は思わず見入った。
「ここまで来たのか……。」
ロボットたちの現在地
展示会場には、世界中の最新技術が並んでいた。
あるブースでは、
ヒューマノイドが工具を持ち、
壁にボルトを締めている。
別のブースでは、
建設ロボットがレンガを積み上げる。
さらに奥では、
災害現場を再現したエリアで、
ロボットが瓦礫の下から人形を救出していた。
説明員が話す。
「このロボットは人が入れない場所で活動できます。」
「高温。」
「有毒ガス。」
「放射線。」
「深海。」
「火山。」
「人命を危険にさらさず作業できます。」
悠真は足を止めた。
その説明は、
まるで月を説明しているようだった。
世界は同じことを考えていた
AIエリアでは、
海外企業の研究者が講演していた。
「AIは、人間の代わりになるために存在するのではありません。」
「人間が行けない場所へ行くために存在します。」
別の講演では、
建設会社の技術者が話す。
「現在、無人建設機械は災害現場や鉱山で実用化が進んでいます。」
「将来的には、遠隔地や宇宙空間での建設も視野に入れています。」
さらに宇宙関連企業のブースでは、
巨大な月面基地の模型が展示されていた。
説明パネルには、
「AIによる自律建設」
という文字がある。
悠真は思わず立ち止まる。
「やっぱり……。」
自分だけではなかった。
世界中が、
同じ未来を見始めていた。
一枚のポスター
会場の一番奥。
小さな展示スペース。
そこには、一枚のポスターだけが立っていた。
タイトルは、
「人類は、本当に最初に月へ行く必要があるのか。」
周囲には誰もいない。
派手な映像もない。
ロボットの展示もない。
ただ、その一文だけが掲げられていた。
悠真は吸い寄せられるように近づいた。
ポスターの下には、
もう一つの文章がある。
もし、安全な家を造ってから家族を迎えるのが当たり前なら。
なぜ月だけは逆なのだろう。
悠真は、しばらくその場を動けなかった。
これは、自分が数日前に考えたことと、まったく同じだった。
白石
「その疑問を持つ人を待っていました。」
後ろから穏やかな声が聞こえた。
振り返ると、一人の男性が立っていた。
五十代半ば。
白髪が少し混じり始めている。
派手さはない。
しかし、その目には不思議な力があった。
「天城悠真さんですね。」
「メールを送った白石です。」
悠真は軽く頭を下げる。
「この展示は先生が?」
白石は静かにうなずいた。
「正確には、まだ私一人の考えです。」
「だから誰も足を止めません。」
周囲を見ると、
人々は最新ロボットへ向かって歩いていく。
この小さな展示を見る人はいない。
「でも。」
白石は微笑んだ。
「あなたは立ち止まった。」
最初の問い
白石はポスターを見つめながら言った。
「天城さん。」
「もし、あなたが月へ街を造る責任者なら。」
「最初に送りたいのは誰ですか。」
悠真は迷わなかった。
「ロボットです。」
白石は笑った。
「やはり。」
「私と同じ答えでした。」
その瞬間だった。
悠真は直感した。
この出会いは偶然ではない。
自分の人生を変える出会いなのだと。
第3章へ
白石は一枚の名刺を差し出した。
そこには会社名も役職もなかった。
名前の下に、たった一行だけ書かれている。
「人類の未来設計室」
悠真は思わず顔を上げた。
「未来……設計室?」
白石は静かに答える。
「まだ存在しない未来は、誰かが設計しなければ生まれません。」
そう言って歩き出す白石の背中を見つめながら、悠真はまだ知らなかった。
この小さな展示ブースから始まる構想が、やがて世界中の国と企業を結び、人類の文明を変えることになるということを。

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