第11章
月へ運ぶという壁
未来設計室。
スクリーンには、一枚の数字だけが映し出されていた。
『4,860トン』
悠真は首をかしげた。
「これは何の数字ですか。」
白石は静かに答えた。
「PROJECT EDEN第一期計画で必要になる、おおよその総輸送重量です。」
会議室が静まり返る。
「四千八百六十トン……。」
誰かが小さくつぶやいた。
その数字は、想像をはるかに超えていた。
月へ運ぶもの
白石はホワイトボードに一覧を書き始める。
- 掘削ロボット
- 建設ロボット
- 発電設備
- 通信設備
- 居住モジュール
- 空気循環装置
- 水処理装置
- 地下工場
- 医療設備
- 農業設備
- 食料備蓄
- 交換部品
- 予備電源
- 科学観測機器
「街とは建物だけではありません。」
「人が暮らすために必要なものすべてが都市です。」
悠真は改めて、その規模を実感した。
ロケット一本では足りない
宇宙輸送担当の研究者、橘が前へ出る。
「よく誤解されます。」
「巨大なロケット一本で街を運べると思われがちです。」
スクリーンに大型ロケットの映像が映る。
「しかし現実には違います。」
「一度に運べる量には限界があります。」
彼は図を示した。
地球から月へ向かう輸送ルート。
「大型ロケットでも、一回の打ち上げで月面へ直接届けられる貨物は限られます。」
「だからPROJECT EDENでは、一度に完成形を運ぶのではありません。」
積み木のように造る
スクリーンには子どもが積み木を組み立てる映像が映る。
「街も同じです。」
橘が説明する。
「基礎。」
「電力。」
「通信。」
「掘削。」
「居住区。」
「工場。」
「農場。」
「順番に積み重ねる。」
白石が続ける。
「最初の一便が成功したからといって、人が住めるわけではありません。」
「数年にわたって何十回、あるいは百回以上の輸送を積み重ねて、初めて街になります。」
地球と月の中継基地
悠真が質問した。
「毎回、地球から月まで飛ぶんですか。」
橘は首を横に振る。
「効率が悪すぎます。」
スクリーンに新しい図が映る。
地球。
地球周回軌道。
月周回軌道。
月面。
「将来的には、それぞれを結ぶ輸送網が必要になります。」
白石が補足する。
「地球から大型貨物を打ち上げる。」
「地球周回軌道で燃料を補給する。」
「月周回軌道で貨物を受け渡す。」
「最後は月着陸船が地表へ運ぶ。」
「一隻の宇宙船にすべてを任せるのではなく、役割を分担するのです。」
失敗を前提に設計する
白石は一枚のロケットの写真を映した。
「宇宙開発では、成功だけを前提にしてはいけません。」
悠真は驚く。
「失敗を前提に?」
「そうです。」
白石は静かにうなずいた。
「ロケットは非常に複雑なシステムです。」
「どれだけ技術が進歩しても、100%失敗しないとは言えません。」
「だからPROJECT EDENでは、一度の輸送に依存しない設計にします。」
もし一便が延期になっても、他の作業は続けられる。
もし一部の機材が届かなくても、別の工程を先に進める。
「都市全体を、一つの巨大な工程ではなく、小さな成功の積み重ねとして設計するのです。」
人類史上最大の物流
水野が笑った。
「街を造るというより。」
「引っ越しですね。」
会場に笑いが起こる。
白石もうなずく。
「しかも、人類史上もっとも遠い引っ越しです。」
「ただし、一つ違うことがあります。」
「普通の引っ越しは、人が先に行きます。」
「PROJECT EDENは違います。」
「家具も。」
「工場も。」
「病院も。」
「発電所も。」
「全部先に行く。」
「人間は最後です。」
その言葉に、全員が静かにうなずいた。
悠真の疑問
会議が終わろうとした時、悠真が手を挙げた。
「もし輸送に十年かかったら。」
「その間、最初に送ったロボットはどうするんですか。」
白石は微笑んだ。
「いい質問です。」
「だから、最初に送るロボットには、もう一つ重要な仕事があります。」
「街を造ることではありません。」
「次に来る仲間を迎える準備です。」
「彼らは建設作業員であると同時に、未来の街の管理者でもあるのです。」
第12章へ
会議室を出ようとしたその時。
未来設計室の大型モニターに、一枚の月面写真が映し出された。
クレーターの奥深く。
黒い影の中。
「ここが候補地です。」
白石は静かに言った。
「次は、この場所に本当に街を造れるのかを検証します。」
悠真は写真を見つめた。
そこは何もない荒野だった。
しかし彼には、その暗闇の中に未来の灯りが見えた気がした。


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