第10章
都市は、自ら成長できるのか
「もしロボットが故障したら。」
若い研究者のその質問は、会議室を静まり返らせた。
誰もが同じ疑問を抱いていた。
月には整備工場がない。
技術者もいない。
故障するたびに地球から修理へ向かうことなど、不可能だった。
白石はゆっくりとうなずいた。
「その通りです。」
「だからPROJECT EDENは、街を造る計画ではありません。」
「街が自ら成長する仕組みを造る計画なのです。」
一台ではなく、一つの生態系
スクリーンには一体のロボットが映る。
「普通は、この一台を見ます。」
画面が切り替わる。
今度は数百台のロボットが表示された。
掘削。
運搬。
組み立て。
点検。
清掃。
資材の管理。
それぞれ違う役割を持ちながら動いている。
「PROJECT EDENでは、一台の性能を追求しません。」
「重要なのは全体です。」
水野が説明を続ける。
「一台が止まっても。」
「別のロボットが仕事を引き継ぐ。」
「不足した能力はAIが再配置する。」
「都市全体が一つの生命体のように動く。」
悠真は思わずつぶやいた。
「まるで生態系ですね。」
白石は笑顔で答えた。
「その言葉を待っていました。」
自分を診断する街
佐藤が画面を操作する。
巨大な地下都市のCG。
その中に無数の緑色の点が光っている。
「これは都市中に配置されたセンサーです。」
温度。
湿度。
空気。
水質。
電力。
建物のひび割れ。
機械の振動。
ロボットの異常。
すべてがリアルタイムで記録される。
「AIは街全体の健康状態を監視します。」
森川が笑う。
「人間でいう健康診断ですね。」
「異常が見つかれば。」
「故障する前に修理する。」
「病気になる前に治療する。」
悠真はうなずいた。
「街そのものが、自分の体調を知っている。」
ロボットがロボットを直す
スクリーンに一台の運搬ロボットが映る。
車輪の動きが止まる。
AIが異常を検知する。
数秒後。
整備ロボットが現れる。
壊れた部品を取り外し、
新しい部品へ交換する。
十五分後。
運搬ロボットは何事もなかったように仕事へ戻る。
「これが第一段階です。」
白石が説明する。
「でも、本当に重要なのは次です。」
部品がなくなったら
悠真が尋ねる。
「交換する部品がなくなったらどうするんですか。」
白石は静かにうなずいた。
「そこが最大の課題でした。」
画面が切り替わる。
地下工場。
金属を加工する装置。
3Dプリンター。
精密加工機。
ロボットアーム。
「街の中に小さな工場を造ります。」
「壊れた部品は分析し、必要な部品をその場で製造する。」
「つまり。」
「部品を待つのではなく、自分たちで作る。」
水野が付け加えた。
「もちろん、すべての部品を作れるわけではありません。」
「高性能な半導体や特殊な電子部品などは、当面は地球から補給が必要です。」
「でも、構造部品や配管、外装、治具など、多くは現地で製造できます。」
「補給物資を大幅に減らせるはずです。」
AIは教師になる
佐藤は新しい画面を映した。
二台のロボットが同じ作業をしている。
一台は少し遅い。
もう一台は効率がいい。
AIは二台の動きを比較する。
「こちらの動きの方が無駄が少ない。」
「では、その方法を全ロボットへ共有する。」
悠真は目を見開いた。
「全員が同時に成長する……。」
「そうです。」
佐藤はうなずく。
「一台が学んだことは、街全体の知識になる。」
「失敗も成功も、全員で共有する。」
「だから、経験は失われません。」
最初の市民
会議も終盤に差しかかった。
白石は静かに尋ねた。
「皆さん。」
「この街の最初の住民は誰でしょう。」
誰も答えない。
白石はゆっくりとスクリーンを見つめる。
そこには地下都市の完成予想図。
忙しく働くロボットたち。
「最初の住民は、人間ではありません。」
「この街を育てるAIとロボットです。」
「彼らが街を整え、空気を作り、水を循環させ、建物を増やし続ける。」
「そして——。」
白石は少し間を置いた。
「すべての準備が整った日。」
「人類は初めて、『開拓者』ではなく『住民』として月へ降り立つのです。」
悠真は、その言葉を胸の中で繰り返した。
住民として月へ行く。
それは、これまで誰も考えたことのない宇宙開発だった。
第11章へ
会議が終わろうとした時、一通の速報が届く。
「月面輸送システムの大型化計画が発表されました。」
スクリーンには新型貨物着陸船の完成予想図が映る。
水野が静かにつぶやく。
「街を造るロボットは、もう設計できる。」
「でも……。」
「その街を運ぶ乗り物は、まだ存在しない。」
白石はその映像を見つめながら言った。
「PROJECT EDENの次の課題は、月へ運ぶことです。」
「ここから先は、宇宙輸送そのものを変える挑戦になります。」


コメント