単語が印刷されている。
PROJECT EDEN
まだ仮称。
正式な計画でもない。
予算もない。
参加国も決まっていない。
それでも、その名前には不思議な重みがあった。
白石は全員を見回した。
「今日は、この計画が本当に必要なのかを議論します。」
「賛成意見はいりません。」
「反対意見を聞かせてください。」
部屋が静まり返った。
最初の反対意見
最初に口を開いたのは宇宙輸送を専門とする技術者だった。
「正直に言います。」
「人類は、これまで危険を承知で宇宙を切り開いてきました。」
「アポロ計画もそうです。」
「宇宙飛行士が月に立ったからこそ、人類は夢を見た。」
「ロボットだけでは感動は生まれません。」
数人がうなずく。
悠真も、その気持ちは理解できた。
白石は否定しない。
「その通りです。」
「では質問します。」
スクリーンに一枚の写真が映し出された。
宇宙服を着た飛行士。
その横には数字が並ぶ。
「月へ一人の宇宙飛行士を送り、安全に帰還させるためには、膨大な物資と設備が必要です。」
「もし事故が起これば、救助は極めて困難です。」
「では、その危険をAIやロボットが代われるなら、人類は何を選ぶべきでしょうか。」
誰も答えなかった。
命の順番
白石は静かに続けた。
「皆さんに聞きます。」
「高層ビルを建てるとき。」
「最初に入るのは誰ですか。」
「建設作業員です。」
「家族ではありません。」
「新しい橋を架けるとき。」
「最初に渡るのは誰ですか。」
「点検する技術者です。」
「子どもではありません。」
さらに白石は月の映像を映し出した。
灰色の大地。
無数のクレーター。
漆黒の宇宙。
「では、なぜ月だけは違うのでしょう。」
「なぜ、人類は最初に人間を送り続けようとするのでしょう。」
技術は追いついた
水野が立ち上がった。
「八年前なら無理でした。」
「でも今は違います。」
画面が切り替わる。
人型ロボットが工場で部品を組み立てる。
無人建設機械がトンネルを掘る。
AIが複数のロボットへ指示を出し、それぞれが役割を変えながら作業を続ける。
「これらは特別な未来の映像ではありません。」
「今、地球で動いている技術です。」
「まだ完璧ではありません。」
「でも、十分に実用段階へ近づいています。」
悠真は改めて気づく。
未来は、突然やって来るのではない。
少しずつ積み重なり、ある日、一つにつながるのだ。
エデンという名前
若い研究者の一人が手を挙げた。
「一つ質問があります。」
「なぜ『EDEN』なんですか。」
白石は少し笑った。
「旧約聖書の楽園を意味するエデンではありません。」
部屋の全員が白石を見る。
「私たちが目指すのは、人類が安心して暮らせる最初の場所です。」
「誰かの国ではない。」
「誰かの所有物でもない。」
「人類全体の未来へ向けた、新しい出発点です。」
「だから私は、この計画を『EDEN』と呼びたいと思いました。」
夢では終わらせない
悠真はノートを開く。
そこには自然と一つの文章を書いていた。
『夢は、技術だけでは実現しない。』
その横へ続ける。
『世界が同じ未来を選んだとき、初めて現実になる。』
その瞬間だった。
白石が悠真のノートを見て静かに言う。
「その一文を覚えておいてください。」
「PROJECT EDENで一番難しいのは、ロケットを飛ばすことでも、基地を造ることでもありません。」
「世界中の人に、同じ未来を信じてもらうことです。」
会議の終わり
白石はホワイトボードへ近づいた。
そして、大きく二つの円を書いた。
一つには、
『月面基地計画』
もう一つには、
『PROJECT EDEN』
その違いを一行だけ書く。
月へ行くことが目的ではない。
人類が宇宙で暮らせる文明を築くことが目的である。
誰も言葉を発しなかった。
しかし、その場にいた全員が理解していた。
この瞬間、この計画は「一つのアイデア」ではなく、「人類の未来への提案」へ変わったのだと。
第6章へ
会議室を出ようとした悠真を、白石が呼び止めた。
「天城さん。」
「来週、海外の研究者たちとオンライン会議があります。」
「NASA、ESA、アジアの研究機関……。」
「彼らにも、この構想を話します。」
悠真は驚いた。
「もう世界に?」
白石は静かにうなずいた。
「この計画は、一国では実現できません。」
「だから最初から、世界の計画でなければならないのです。」
悠真は窓の外を見上げた。
夕焼けの空に、細い月が浮かんでいる。
その月は、もう遠い天体ではなかった。
人類が次に目指す「未来」そのものに見えた。


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