第4章
未来設計室
翌週の土曜日。
悠真は再び、白石に案内された研究施設を訪れた。
前回は気づかなかったが、建物の入口には小さなプレートが掛けられていた。
Future Design Laboratory
(未来設計室)
会社名ではない。
大学でもない。
国の研究機関でもなかった。
「ここは何なんですか。」
悠真が尋ねると、白石は笑った。
「未来を考える場所です。」
「それ以上でも、それ以下でもありません。」
会議室
扉を開くと、十人ほどの男女が円卓を囲んでいた。
年齢は二十代から六十代まで様々だった。
白衣姿はいない。
スーツ姿も少ない。
ラフな服装の人もいる。
しかし全員の目が、どこか同じ輝きを持っていた。
白石が紹介する。
「皆さん、新しい仲間を紹介します。」
「天城悠真さん。」
全員が軽く拍手した。
悠真は少し緊張しながら頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
それぞれの専門
最初に立ち上がったのは三十代後半の女性だった。
「私は水野理沙。」
「建設ロボットの研究をしています。」
画面には、無人でトンネルを掘削する機械の映像が映る。
「災害現場では、人が入れない場所をロボットが掘り進めています。」
「いつか月でも使えると、本気で思っています。」
次に若い男性。
「佐藤健。」
「AI制御担当です。」
「複数のロボットが、お互いに相談しながら仕事を分担する仕組みを研究しています。」
続いて初老の男性。
「森川です。」
「生命維持システム。」
「空気、水、温度。」
「街は建物だけでは完成しません。」
さらに、
材料工学。
通信。
エネルギー。
宇宙輸送。
それぞれの専門家が自己紹介していく。
悠真は驚いていた。
誰一人として、
「月面基地専門」
ではない。
全員が、自分の専門分野を持ちながら、
一つの未来を目指していた。
共通点
自己紹介が終わると、白石がホワイトボードに一本の円を描いた。
その中心に書いた文字は、
「人類」
だった。
そこから線を伸ばす。
AI。
ロボット。
宇宙。
建設。
医療。
エネルギー。
通信。
教育。
「皆さんの専門は違います。」
白石が言う。
「でも、目的は一つです。」
「人類が安心して宇宙へ進出できる社会をつくる。」
「だから今日から、皆さんは同じチームです。」
悠真はその言葉に胸が熱くなった。
一つの質問
白石は全員を見回した。
「では、今日の議題です。」
部屋の照明が少し落ちる。
スクリーンに月の写真が映し出された。
「もし、十年後に人類が月で暮らすとしたら。」
「最初に何を送りますか。」
しばらく沈黙が続く。
やがて一人が言う。
「発電設備。」
別の人。
「通信アンテナ。」
「水を作る装置。」
「建設ロボット。」
「食料生産設備。」
白石はうなずいた。
「全部正解です。」
「では、人間はいつ送りますか。」
誰も答えられなかった。
悠真の答え
白石が悠真を見る。
「天城さんは?」
悠真は少し考えた。
「最後です。」
部屋が静まり返る。
「街が完成してから。」
「病院ができて。」
「空気と水があって。」
「安全が確認されて。」
「その時、人間が最初の住民になる。」
「開拓者ではなく。」
「住民として。」
数秒の沈黙。
やがて水野が笑った。
「いい。」
「その考え方、好き。」
他の研究者もうなずく。
白石は静かに目を閉じた。
その表情は、どこか安心したようにも見えた。
白石の告白
「実は。」
白石が静かに話し始めた。
「この考えを初めて発表したのは八年前です。」
スクリーンに古い写真が映る。
国際会議。
演壇に立つ若い頃の白石。
スライドのタイトル。
『人類が行く前に、ロボットが街を造る』
「結果は。」
白石は苦笑した。
「会場中が笑いました。」
『夢物語だ。』
『AIには無理だ。』
『ロボットでは建設できない。』
『人間が行くことに意味がある。』
そんな言葉が次々と投げかけられた。
「私は反論しませんでした。」
「反論しても意味がない。」
「技術が追いついていなかったからです。」
時代が変わった
白石は窓の外を見る。
「でも。」
「今は違う。」
AIは考える。
ロボットは歩く。
無人建設機械は働く。
自動運転が街を走る。
「技術は、私の夢に追いついてくれました。」
「だから次は。」
「人類が決断する番です。」
悠真は静かにうなずいた。
自分は今、
歴史の始まりに立っている。
そんな気がした。
第5章へ
会議が終わるころ。
白石は一枚の封筒を全員へ配った。
封筒には何も書かれていない。
中には、一枚の紙だけが入っていた。
その中央には、大きくこう記されている。
「PROJECT EDEN(仮称)」
その名前を見た瞬間、部屋の空気が変わった。
まだ誰も知らない。
しかし、この名前が、やがて人類の未来を象徴する言葉になることを。
そして悠真は、その計画の最初の証人となるのだった。


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