第3章
未来は、もう始まっている
「未来設計室?」
名刺を見つめたまま、悠真は首をかしげた。
会社名でもなければ、大学や研究機関の名前でもない。
白石は笑った。
「正式な組織じゃありません。」
「今は、同じ未来を考える仲間が集まる場所です。」
「よかったら来ませんか。」
悠真は少し考えたあと、静かにうなずいた。
「ぜひ。」
白石が案内したのは、都心から少し離れた古い研究施設だった。
外観は決して新しくない。
しかし、中へ入った瞬間、悠真は思わず立ち止まった。
巨大な壁一面に、世界地図が映し出されていた。
そこには無数の光が点滅している。
アメリカ。
日本。
ドイツ。
カナダ。
韓国。
インド。
オーストラリア。
ブラジル。
「これは……。」
白石は静かに答えた。
「世界中の宇宙開発、AI、ロボット、エネルギー、建設技術をまとめたマップです。」
「毎日更新しています。」
点ではなく線
白石は画面を操作した。
一つ目の光が拡大される。
「これはアメリカ。」
画面には、人型ロボットが工場で部品を運ぶ映像が映った。
「AIによる自律判断。」
次に、日本。
無人建設機械が土砂を運び、掘削している。
「災害現場でも活躍しています。」
次はカナダ。
巨大なロボットアーム。
「宇宙で長年実績があります。」
ヨーロッパ。
地下探査技術。
インド。
低コストの宇宙輸送。
次々と映像が切り替わる。
悠真は驚いた。
「全部、実際の技術なんですか。」
「そうです。」
白石はうなずく。
「まだ完成していない技術ではありません。」
「もう存在しています。」
少し間を置いて続けた。
「ただ、一つの問題があります。」
誰もつなげていない
白石は世界地図を見つめた。
「AIの専門家はAIだけを見る。」
「宇宙開発の専門家は宇宙だけを見る。」
「建設会社は建設だけを見る。」
「ロボットメーカーはロボットだけを見る。」
「それぞれが素晴らしい仕事をしています。」
「でも。」
画面の光がゆっくり一本の線で結ばれていく。
「誰も全部をつなげて考えていない。」
悠真は息をのんだ。
AI。
ロボット。
宇宙輸送。
地下建設。
資源利用。
生命維持。
今まで別々だと思っていた技術が、一枚の地図の上で一つにつながっていく。
「これなら……。」
悠真がつぶやく。
「できますよね。」
白石は微笑んだ。
「そう。」
「私もそう思いました。」
足りないもの
悠真は興奮を隠せなかった。
「じゃあ、すぐに始められるじゃないですか。」
しかし白石は首を横に振る。
「技術だけでは始まりません。」
「では、何が足りないんですか。」
白石は静かに答えた。
「目的です。」
研究室が静まり返る。
「人類は、技術を持っています。」
「でも、その技術を一つの目標へ向けて結集したことがありません。」
「だから私は考えました。」
「月へ人を送る計画ではなく。」
「人類が力を合わせる計画を作れないだろうか、と。」
一枚のスケッチ
白石は引き出しから、一枚の古びた紙を取り出した。
そこには手描きの月が描かれていた。
地下へ伸びる断面図。
小さな居住区。
発電設備。
水循環。
資源精製施設。
そして、その横に書かれた一文。
『人が来る前に、街を育てる。』
日付を見る。
2018年3月12日。
悠真は驚いた。
「八年前……。」
「そんな前から考えていたんですか。」
白石は少し照れくさそうに笑った。
「その頃は、誰にも相手にされませんでした。」
「AIはまだ幼かった。」
「ロボットも今ほど動けなかった。」
「だから、時代が追いつくのを待っていたんです。」
時代が追いついた日
白石は窓の外を見た。
夕暮れの空を、一機のドローンが飛んでいく。
「天城さん。」
「時代は突然変わるように見えます。」
「でも、本当は違います。」
「一つ一つの技術が育ち、ある日、全部がつながる。」
「その瞬間に、人類の歴史は進むんです。」
悠真は静かにうなずいた。
AIも。
ロボットも。
宇宙開発も。
どれも別々に進歩してきた。
だが今、それらは一つの未来を指し始めている。
そんな気がした。
第4章へ
帰り際、白石は一冊の薄いノートを悠真に手渡した。
表紙には何も書かれていない。
開くと、一ページ目に、たった一行だけ記されていた。
「もし、あなたが人類の未来を設計するとしたら、最初の一ページに何を書きますか。」
悠真はその言葉を何度も読み返した。
その問いに答えることが、自分の新しい人生の始まりになるとは、まだ気づいていなかった。

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